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2017年Joy耐はエントリーしないことに決めました。 [筑波ツーリングカー3時間耐久2017]

 

だ〜いぶ悩みまくった「今年のJoy耐エントリーするのか?」問題。

結論を出したので、発表します。
「2017年Joy耐は、エントリーしない」

決定事項です。だいぶ悩みました。
メンバー5人全員の統一見解とはならなかった。

2016年までの規則であれば、今年もエントリー申請はしました。したはずです。準備は進めていましたし。
ただ・・・もう・・・本当に逡巡して・・・
「会社を休んでまで参加するメンバーがいるのに、”ひょっとしたら土曜日に帰らなければならない。”イベントを強行するのか?」

みんなが、土曜日の夕方にがっかりするようなことは・・・できない。
日曜日にスタート後1時間でリタイヤするのとは、意味が違うと思うんです。
みんなが期待に燃えて、一年に一度のイベントにスケジュール調整を行なって参加するのに(それぞれの職場の皆さんの協力があって、ツインリンクもてぎに集合することができていた。)「土曜日に帰る羽目になって、日曜日は、家でのんびりしていました。」これはない。

特にAE86レースの彼が残念がってしまって・・・
「この車両、予選遅いって言っても、ちゃんと予選レースは本大会出場のペースで走れるだろ?過去の予選結果何位だったっけ?」
「EP82なだけに、毎回だいたい総合82位だったよ。90台中の。後ろから9台め。」
「・・・・いやいやいやいや。大丈夫。俺たちだったら大丈夫だって。な?出ようぜ。Joy耐」
「う〜ん・・・」
何ループしたのかわからない。

Joy耐は、アマチュアドライバーの国内最高峰のレースです。
「そうかあ?スーパー耐久があるだろ?」
あ、う〜ん・・・あっちは、「アマチュアドライバーも」参加ができる耐久レースなんです。

Joy耐は、「プロの人たちも混ざって7時間走ってもいいよ。”今日、初めて公式戦に出場する。”ってメンバーもいる90台と一緒に走りたいのならね。」という世界。

2008年にエビス12h耐久に出場した時にコース脇にいた女の子に「自分達で車両を作って出ているんです。みんなでJoy耐にも出ます!」と言われた時・・・
「Joy耐ってなんだろう?こんな女の子が言うぐらいだから、すごい大会なんだろうな。」
そんなことしか思わなかった。

ピットに戻ってきて、みんなに「なんかあの速いEP82を走らせているチームの女の子、”JOY耐に出る。”とか言ってるよ。」と伝えたところ・・・
「ああ〜・・・そんなすごいチームなのか。じゃあ、かなうわけないよ。」という反応が返ってきたことを覚えてる。

「一回きりの耐久レース」のはずだったエビス12h耐久後、いつの間にかあの女の子が言っていた「Joy耐」に出場することが目標になった。
15年ぶりにモータスポーツの世界に戻って来た理由は、銀行員のオーナーの筑波走行の手伝いをするだけだったはずなのに。

日光耐久で「耐久レースの練習」を繰り返した後、2011年に自信満々でツインリンクもてぎにやってきて・・・
「俺たちだったら、こんな大会、すぐに結果を出してやるさ。」と思いながら出走した初のJoy耐は、想像もできなかった悲惨な結果に終わった。
(この時、ぶつかってしまった相手チームには、その後も繰り返し数年間に渡って、決勝走行中だけでなく、予選中も攻撃を受けることになった。スポーツマンシップに明らかに反する行為だったけど、彼らは”まともな競技車両も買えないような貧乏人”が混ざっていることが許せなかったらしい。)

2011年の土曜日夜に予備ミッションや、予備エンジンが闊歩するパドック裏を歩いていて、「あれ?アマチュアドライバーの大会って聞いていたけど、なんだか場違いなところに来ちゃったのか?」とは薄々感づいていたけど・・・

「Joy耐に出る!」という目標は、いつの間にか「Joy耐で、まずは完走する。」が目標になった。
2011年から2016年までの6シーズンの結果は・・・
エントリー4回
うち、決勝スタート後、1時間での撤収2回
7時間完走2回(どちらもクラス順位としては、ほぼ最下位。でも、あの繰り返し攻撃して来た外車チームよりは決勝順位は上でした。まあ・・・正義は必ず勝つ!ってことで。)

2016年は、初出場の年の仕様に近い(エンジンは完全ノーマル)状態に戻しての出場を目指していたけど、エントリーそのものができなった。
1年かけて、車両の準備に取り組んで来たけど・・・残念ながら、ここまでです。

「Joy耐に出場する」
目標は達成できたけど、決勝のグリッドにつけるようになってからも、どうしても何か・・・
「場違いな場所にいる。」
感覚を脱することができなかった。自動車産業に従事しているわけではないのに、車両のほぼ全てを自分達だけで組んでしまう連中が、こんな大きな大会の決勝グリッドにいるということ自体が・・・間違っていたのかも。

Joy耐は、やっぱり遠かった。

少し疲れました。
一時退却です。

公式戦ではない、気楽な大会で再び自分達の足場を確認しようと思います。
今年の6月4日に「筑波サーキットでの3時間耐久”走行会”」が初開催されるそうです。
以前、袖ヶ浦で見たような「”耐久レース風”走行会」ではないか?と想像しながらエントリーすることにしました。

この6月の大会を無事完走することができたら、ひょっとしたら秋の2.5h筑波耐久公式戦への道も開けるかもしれませんし。(それ以前に、秋の大会が本当に開催されるのか?ってところが問題なんだけど。)

次回から、再び、EP82のドラムブレーキ周りの話に戻ります。
「6月4日の大会に出る。」って決めたから、少々急がないとね。

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